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マネジメント実験室

小さな企業の経営・マネジメントを通して日々考えたこと、学んだこと、感じたことを。

お客様を選ぶ

私たちのサービスの対象はほぼ100%富裕層である。しかも富裕層に対してマン・ツー・マンに近いサービスを提供する。かつて,富裕層は「ワガママ」だという前提で,いかにサービスを提供するかを考えていた時期があった。常識的に考えて理不尽だと思うリクエストにも極力応えようとした。リッツカールトンではないが,あくまで「ノー」と言わないサービスを現場に徹底させていた。もちろん顧客満足度は高いという自信もあった。ところが,目に見えて現場が疲弊してくるのがわかった。それでも手を換え品を換え,現場をモチベートしてサービスを徹底させた。やがて疲弊した現場では,一人また一人と脱落者が出てきた。それでも私たちは,現場のサインを無視し続けた。脱落する者は私たちのサービス提供者として望むべきレベルに達していないからだと考えた。結局,ほとんどの従業員が私たちの下を去っていった。
ほとんどの従業員が去って行って初めて基本的な間違いを犯していることに気付いた。
お客様がいくら満足しても,サービスを提供している従業員が満足していなければダメだということである。リッツカールトンでは,紳士・淑女であるお客様をもてなす従業員もまた紳士・淑女であるとしている。心からお客様を紳士・淑女として扱っても,こちらを召使としか考えないお客様は,お客様としてはいけないのである。私たちはそう考えた。多くの従業員を犠牲にして学んだことはそのことであった。お客様の満足度も上げるが,同時に従業員の満足度も上げる。富裕層の一部には,全てがお金と等価交換可能だと考えている人たちがいる。サービスを提供する人間の人格を否定するようなお客様にはサービスの提供を行う必要がない。他のサービス提供者を探せばいいのであって,私たちが提供するサービスはない。「ノー」と言えばいいのである。サービスは一定のルールの下で提供されるのであって,それは料金とは関係がない。
「傲慢だ。」と言われることがあるが,紳士・淑女ではなくとも,最低限の人格を備えていない人間をお客様と認めるわけにはいかない。私たちが提供するサービスを享受する資格がないことがわかった段階で,お客様ではないし,サービス提供を続ける必要もない。私たちはお客様を選ぶ。お客様が私たちを選ぶように。お互いの満足を求めて真摯に努力するが,必要なことはお客様にも“お願い”する。ビジネスの基本ルールを逸脱するお客様は丁重にお断りする。それがいまの私たちの姿勢である。