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マネジメント実験室

小さな企業の経営・マネジメントを通して日々考えたこと、学んだこと、感じたことを。

コムスンの戦略は外れたのか

介護報酬の不正請求で世間を騒がせているコムスン
このコムスンが投入した高級老人ホームが『バーリントン・ハウス』です。
“メディケアレジデンス”というコンセプトで,顧問のドクターが常駐するなど,医療・介護が充実した体制となっています。もちろん入居一時金は5000万〜3億円とかなり高額。馬事公苑に続き,吉祥寺でも展開するようです。

http://www.thebarringtonhouse.com/


この『バーリントン・ハウス』,コムスンの予想に反して入居者数が伸びていない模様。
馬事公苑のホームページでは2億円台と思われる居室のみ満室となっているが,これはせいぜい3戸程度しかないためでしょう。
その他の居室の入居率が芳しくないのでしょうか。


『バーリントン・ハウス』の戦略については折口会長の著書でも触れられています。
質の高いケア体制と,コミュニティーを意識した居住空間作りを意識したとのこと。
[rakuten:book:11501686:image]


もし本当に入居数が伸び悩んでいるとしたら,コムスンが抱く富裕層の特性が少しズレているからではないかと思います。


■富裕層が求める安心感とは
『バーリントン・ハウス』では同じ居住区内に専任のドクターが居て,いつでも診察してもらえるようですし,介護が必要になればコムスンのヘルパーがケアに来てくれます。
高齢者夫婦だけの世帯や子の世代が介護にはノータッチという世帯は確かに増えていますから,このように身近にいつでも頼れる人間が居る環境は素晴らしいと思えます。

しかし,私が出会った富裕層はどなたも,独自のネットワークを持っていましたし,それは対医療関係者についても同じです。
ほぼ全員がビジネスの第一線で成功してきた方たちですから,健康にはそれぞれ独自の哲学をお持ちでしたし,意識して医療関係者のネットワーク=コネクションを構築しているようでした。
たとえ,単身であっても普段一人暮らしで身内が傍に居なくても,何かあればすぐに駆けつけてくれるドクターの友人がおり,いざとなれば即座に入院できる“行きつけ”の病院があります。特別室に入院して,院長や看護師長に相談できるコネクションがあるのです。


つまりは,『バーリントン・ハウス』なんかに入居しなくても,自宅に居ながらバーリントン以上の医療的サポートを受けることができ,安心感のある生活をしているわけです。
コムスンが提唱する程度の安心感は,相応の富裕層ならすでに実現しているということだと思います。


■富裕層が求めるコミュニティーとは
『バーリントン・ハウス』はコミュニティー作りにおいてもきちんとコンセプトを持っているとのこと。
総面積の40%以上を共有スペースにして,居住者同士のコミュニティー形成に配慮しているようなのですが,これも対象が富裕層であるときに,本当に求められることなのかどうか。
先に独自のネットワークと書きましたが,富裕層はたとえ独居であったとしても孤独であることはレアだと思います。「ひとりでがんばってきた。」と仰る方も多いのですが,決してひとりっきりの寂しい老後というわけではありません。たいていは家族がいて,子供の代もそれなりに成功しています。
必要があれば自らコミュニティーに出向いたり,そうでなくてもしょっちゅう訪問者がいらっしゃいます。
現役を退いたからといって,急に孤独になるほど薄っぺらなネットワークではありませんし,逆にひとりの時間を欲している方の方が多いように見受けられます。
「寂しければ必要な人間を呼べばいい」のです。
彼らにとって,コミュニティー形成の演出など,大きなお世話といったところかもしれません。


■富裕層にとっての居住空間とは
自分が高齢化していく上で,医療的サポートにも不安が無く,所属するコミュニティーにも不自由しないような富裕層が安くは無い金額を払って『バーリントン・ハウス』のような高級老人ホームに住む理由がどうにも見当たりません。最も決定的に彼らが受け入れられないだろうと思うのは,その居住空間に存在する自分のものが限られているということ。さらにどんなに立派な建物であっても,そこには自分の歴史が刻まれていないということです。
生活を営んできた“家”というのは,それそのものが自分の歴史を刻んでいるものです。いろいろな成功体験を重ねてきた富裕層にとっては尚更でしょう。
富裕層は何らかのこだわりがあるものです。古美術のコレクション,庭木,ペットの犬に至るまで,自分の空間にそれらのものがないというのは,彼らにとっては自分の生活・人生ではありません。
旅先で泊まるならリッツ・カールトンを選んでも,そこでずっと暮らすとなると話が違ってくるはずです。
居心地がよくて,便利だというだけで住まいを選ぶわけではないからです。
これは何も富裕層に限ったことではないはずです。もし,地域のコミュニティーが十分に機能し,医療・介護のサポートが万全であれば,誰もすき好んで施設などには入居はしません。
施設はあくまで次善の策に過ぎないのです。
経済的な力によってかなりのことを自由にできる富裕層が,そんな次善の策に大金を払うとは私にはとても思えないのです。


■富裕層も世代交代する
富裕層が代替わりして,自分史としての“もの”や“家”にまったく執着しない層が出てくるとすれば,様子は違ってくるかもしれません。もし,そういう層が台頭してくればです。常に状況に合わせて住居や環境を変える,それでもアイデンティティーを保っていられる世代なら『バーリントン・ハウス』での生活もそれなりに楽しいと感じるのではないでしょうか。