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マネジメント実験室

小さな企業の経営・マネジメントを通して日々考えたこと、学んだこと、感じたことを。

介護者の接遇・マナー教育はプロ意識の意識付けから

■教育の効果を期待できない人たちもいる

介護職の接遇・マナー教育に頭を悩ませている管理者の方が多い一方で,介護職の接遇・マナーはあきらめたという利用者も増えているような気がする。
介護職は資格制を導入しているものの,一定人数を確保するためにハードルを下げている。車の運転免許と同じで,やる気さえあれば誰でも資格がとれてしまうので,資格取得時にスクリーニングされていない。

私たちはアラジンケアというブランドで自費の看護サービス(http://aladdincare.com)を提供しており,看護師以外に介護ヘルパーもスタッフにいるのだが,介護ヘルパーの採用基準については試行錯誤である。加えて、採用後の接遇・マナーに関する教育も看護師よりも難しい。


教育とか何とか言っても,働く上でそういうものが大切だと思わない人たちにとっては時間をかけても無駄なことが多い。
その手の人たちは,適正など考えないで職業を選んだ人たちなので,とりあえず資格は持っていたとしても本来は介護職に就くべきではない。


と言っても,生活のために介護職を選ぶ人たちもいるわけなので,お客様側からすると,ある一定の確率で“ひどい”介護者に遭遇することは避けられない。


雇用する側からすれば,人材不足だからクレーム発生もやむなしとして採用するか,ポリシーを持って採用しないか。


■マナーに関する知識と意識

だから,ここで対象にしているのは,あくまで教育の効果がある人たちである。どんな人たちでも,たちどころに見違えるようにマナーが身に付くという魔法については私も知らない。


という前置きをした上で。
マナーについては,知識の部分とそれを実践するための意識の部分があるというのが私の考え。


マナーに関する知識というのは,基本的な言葉使いとか敬語とか,所作についてのこと。
どんなに親しくなってもニックネームで呼んだりしないとか,対象が誰であれ声掛けを省かないとか,知っていればできることをきちんと知識としてインプットする過程は必要。


介護職のマナー教育に関する多くの場合,知識部分はきちんとできているのではないだろうか。


問題は知識を実践する意識レベルではないかと。


介護というのは基本的に大変な仕事だから,誰もがやりがいを感じ続けることは難しい。いくら対象者の喜ぶ顔が見たいといっても,反応のない相手もいれば,疲れれば面倒くさいと思うこともあるはず。知識があっても常に実践面でマナーレベルを維持することは難しい。


そういうとき,意識レベルを高めるために必要になるのが,「プロ意識」なのだと思う。


ここでの「プロ意識」の効用としては,仕事に意味付けを行うことで働く動機付けを行い,プライドを持って仕事に向かうことができることである。


■ルーチン化を防ぐプロ意識

『介護は「する」ものではなく「させていただく」もの』,といったやや哲学的な理念を掲げて社員教育をしている施設もあるが,これとてサービスを提供するものとしての意識の高さがなければ入居者の奴隷になってしまう。


そう,「させていただく」にせよ,なんにせよ,そして対象が誰であれ,基準以上のサービスを提供することにミッションを感じる動機付けがなければならない。


介護職でクレームの発生率の高い人というのは,仕事に対してプライドを持たず,対象者が自分より弱い立場であり自分が介護をしてやっている存在だとすることで歪んだ自尊心を満たそうとするケースが多い。介護という行為が持つ本当の価値を理解していないのだ。


介護そのものには目標があり,そのためには達成するべきレベルがあるという意識がなければ,介護という名のルーチンと化してしまう。
仕事がルーチンに埋没してしまえば,介護という行為自体にそれほど魅力があるわけではない(と私は思う)以上,プライドを持って臨むことなど難しい。


だから,介護の持つ本当の価値を考え,介護を行う上で目標を設定し,そこに向かって日々の仕事をこなすという一連の仕事の意味付けが必要となる。


その一連の流れを介護者を定点観測しながらやらせる中で,プロ意識というものが芽生えてくるのだと思う。


■マナーも介護の一環

プロ意識を持って介護にあたるということは,介護という行為自体に意味付けを行うものだから,介護者の自尊心にも関わることである。


働く者としての自尊心がきちんと満たされる場合は,自分の労働が影響を及ぼす相手に対してもその尊厳に配慮することができる。


働く者,そしてその労働が影響を与える対象,その双方の尊厳を認め合うこと。それが形となって現れるのがマナーなのではないだろうか。


マナーというのは,対象者にとってだけ必要なものではなく,働く主体が尊厳を持つためにも必要なのだと思う。
だから介護職にとっては,対象者へのマナーというのは仕事の一部,つまり介護の一部だということになる。


■“ありがとう”の一言はあくまで副産物

看護職や介護職など,他者に対して直接的なサービスを提供する人が,対象者からの「ありがとう」の一言にモチベートされるというのはよく耳にする。
これは,どんなにプロ意識が高い人でもそうだろうと思う。


しかし,どんなに心を尽くして自分のベストのサービスを提供しても,感謝しない人は感謝しない。それどころか不平不満の言葉しか返ってこない場合も多い。感情的には,こういう対象者への対応は気が進まなくなるのは当然だ。マナーもぞんざいになりがちだろう。


たが,マナーが自分自身の尊厳や職業におけるプライドにとっても重要であることを考えれば,相手の対応如何で自分のマナーを変えてしまうというのは得策ではない。プロ意識を持って臨むなら,相手がどんな対応であっても自分のベストマナーで対応するべきだ。自分の介護が職業として基準以上のものであるためには,相手の対応は関係ない。例えば,自分の介護によって対象者の生活レベルを向上させることが大目標であるならば,相手が感謝しようがしまいが,その目的を達成するならば自身のミッションは果たせたことになる。あくまでミッションと成果にこだわるのがプロなんだと思う。


もし,それで相手から感謝の言葉が返ってきたら,素直に喜べばいいと思う。それはプロに徹する自分へのささやかなご褒美くらいに受け止めればいいのだ。


マナーというのはその時々の介護者の気分で変わるものではないし,単純に形式化されたものでもない。


介護者にとって自分の意識を高めたり,プライドを持って働くために必要な言わば自分自身への“けじめ”のようなものである。

医療従事者の接遇・マナーに関心のある人が多い
http://d.hatena.ne.jp/biz-high/20071015