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マネジメント実験室

小さな企業の経営・マネジメントを通して日々考えたこと、学んだこと、感じたことを。

大企業のホワイトカラーがワークシェアリングを止めないと日本経済は弱体化する

■優秀な人材にはお目にかかれない

自分たちも含め中小企業・ベンチャー企業が優秀な人材(中途の即戦力)を獲得することはとても難しい。報酬を含め魅力的な条件を提示できないという理由も大きいが,そもそも優秀な人材はほとんど流動化しておらず,いたとしても我々の目に触れない範囲(大企業から大企業とか,大企業から有名ベンチャーとか)で動いていて,我々まで回ってくるのは普通以下の人材ばかりだというのが実態だ。


成功した起業家のようなすごい人材を期待しているのではなく,大企業であればごく普通に見かける普通に優秀な人材ですら高嶺の花だ。自分も大企業の出身だからわかるのだが,大企業とそれ以外の中小企業の人材格差は信じられないくらい大きい。


ごく一部のベンチャーを除き,優秀な学生はほぼ100%大企業に就職する(少なくとも就職を目指している)。大企業には教育システムが備わっているし,上司・先輩がいて仕事で鍛えられる機会も多い。入社後何年か経過して若手〜中堅になる頃には,大企業入社組とそれ以外では,その格差はますます大きくなっている。


ここで,“優秀”の定義などを言い始めるとややこしくなるが,要は理解力が高くて応用も利くような人材である。
賛否両論あるだろうが,優秀な学生は高い確率で名の通ったブランド大学の出身者である。いろいろな雑誌が特集を組んで大学をランキングしたりしているが,優秀な学生は受験勉強程度ならソツなくこなしてブランド大学の出身者になるというのは大企業の人事担当者なら常識だと思う。こういう優秀な学生が大企業に入社し,相応に教育を受けて育った人材が優秀な若手〜中堅人材になることは間違いない。
我々が欲しいのはそういう人材だが,よほどのことがない限り,中途市場には出てこない。


ちょっと調べればわかることだが,そこそこ業績を出しているベンチャーの社長以下経営陣は,非常に高い確率で高学歴(ブランド大学)かつ大企業の出身者である。しかし一般社員で採用できるのは普通以下の人材ばかりで,経営陣と一般社員の能力格差が激しいことが多い。


■なぜ中小企業・ベンチャーに回ってこないのか

なぜ日本には起業家が少ないのかという分析を面白い視点でしているなと思ったものがあった。

『日本に起業家が少ない理由』〜Chikirinの日記〜

一言で言えば,日本の大企業にいる優秀な人材は,大企業特有の“くだらん事”に対する耐性の高い人材が多いため,思い切って飛び出して起業するケースが少ないのでは,という意見である。


ある意味当たっているなとは思うのだが,大企業にいる本当に優秀な連中は“くだらん事”を“くだらん”と認識しながら,また一方で大企業におけるそれら“くだらん事”の効用も理解した上でソツなくこなしている。


しかし,彼らは耐性が高いから“くだらん事”や満員電車での通勤やバカな上司の瑣末な指導に耐えているわけではない。


『優秀な連中ほど無謀なリスクを取らない』というのが一番大きな理由ではないか。


日本の大企業は新卒から面倒見よく育てる反面,人材を企業独自にカスタマイズしすぎてしまい,キャリアの汎用性がなくなってしまう,と優秀な連中は信じている。これは専門性が高いといわれるエンジニアでもそうである。社内では非常に有能であっても,一歩その企業を出てしまうと,企業ごとの細かなルールが存在し,同じようには通用しないと考えている。


そして通用しなかった場合,通用する範囲でそこそこ報酬を確保できるわけではなく,結構な報酬ダウンも覚悟しなければならないと信じている。


だから,よほど耐え難い状況にならない限りは,いまの企業に残って“くだらない”ことにも我慢しながら成果を出した方が得策だと判断しているのである。


実際は,力が通用する範囲で報酬を確保できないのではなく,中小企業・ベンチャーと大企業の報酬格差があまりにも大きいため,よほど儲かっている企業に移らない限り,報酬面でダウンせざるを得ないだけなのである。


このあたりの仕組みについては,次の記事を読んで納得できた。

『正社員はなぜ保護されるのか』池田信夫blog〜

日本企業のホワイトカラーの生産性が低いと言われるが,ごく一部の連中を除いて,大企業の大多数のホワイトカラーは実際に生み出している価値よりも高めの報酬を得ている。(その理由が効率賃金仮説で説明できるという。)
つまり“限界生産性”よりも高い報酬を得ているのである。だから中小企業・ベンチャーにうっかり転職などしようものなら,自分自身のありのままの生産性で評価された報酬しか手に入らないため,大企業にいた頃と比べて格段に低い報酬になってしまうのだ。(仮に持てる力を120%発揮できたとしても一人の力で企業が儲かるわけではないので同じことになる。)


だから,大企業の中でいくら優秀でも,それは外では通用しないのだ,という一種自己否定的なキャリア評価をして,我慢しながらでも今の大企業でやっていこうとするインセンティブが強く働いてしまう。


■大企業のホワイトカラーほどワークシェアリングしている

大企業は言ってみれば儲かる仕組みが出来上がっている組織である。経営判断を誤って破綻する大企業も後を絶たないが,何だかんだ言っても,潰れる可能性は中小企業・ベンチャーに比較して格段に低い。一旦大企業にもぐりこめれば,そこそこ優秀な連中は充分な報酬を得ることができる。出来上がった仕組みで吸い上げた儲けを大企業のホワイトカラーでシェアしている構図である。


吸い上げられる儲けは,下請け(中小企業)の社員が生産性に見合わない低い報酬で働いた差分でもある。大企業が中小企業を搾取しているというのはある意味正しいと思う。
しかもこの立場は逆転しない。なぜなら優秀な人材は全て大企業側に集中しているからである。


世界が認める高水準の技術で大企業を凌駕している中小企業があるが,全体の数から見れば無視できるほどの数である。圧倒的大多数の中小企業は大企業に搾取されている。これは日本社会を構成している基本的な仕組みであり,いい悪いの問題とは別の次元で歴然とした事実である。


一方で,そんなに優秀な人材を囲ってしまう大企業は彼らの能力を活かして成長しているのか,という疑問があるが,そんなに潤沢な人材を活かし切ることはほとんどの大企業でできていないと思う。


囲っている優秀な人材の内,何割かいれば本当は会社自体は回るし,実際に忙しく回しているのは2割〜3割の人間だと思うのだが,それ以外はある意味,大企業内にプールされている状態である。


だから,大企業ではポジションだけは偉くて,実質的な会社の儲けにはほとんど関与していない人も多く,そういう人の存在意義を演出するためだけの業務が平然と行われていたりする。会議のための会議とか,議論のための議論とか,リスクを取る気もない企画が持ち上がったりするのはそのためである。


そういうのが,Chikirin氏の言う“超くだらんこと”に当たるのだと思う。社外から見れば“超くだらんこと”ではあるが,社内にプールした優秀な人材に存在意義を与えるためには,どうしても必要な業務であることも事実であるし,本人たちも充分承知でやっている面もある。


大企業である程度の年齢になれば,自分が会社にとって本当に必要な業務をやるべく存在している人材なのか,それとも擬似的重要案件を大真面目にこなしながらプールされて会社人生を終えていく人材なのかはわかってくる。
しかし,自分が例え後者であったとしても,前述したような報酬大幅ダウンのリスクを考えれば,大企業に残った方がマシだと判断する人が大多数である。


大企業のホワイトカラーというのは,本当は2割の人間がいれば済む業務を,擬似的重要案件を適度に織り交ぜながら,一見それとはわからないワークシェアリングをやっているようなものである。残り8割の人間はほとんど付加価値を生み出していないのに,中小企業に比べて破格の報酬を得られるのは,中小企業から搾取しているからである。


上の例はすごく極端な表現ではある。本当に必要な業務と擬似的重要案件はひとりあたりの業務においても混在するし,これに当てはまらない大企業も存在するにはするのだが,大半の日本の大企業の基本的な構造を見れば,大きく外れていないと思う。


もし,日本の大企業のホワイトカラーが,それぞれの会社への貢献度に相応する報酬しかもらえないようなシステムになったとすれば,少し小さな企業に移って,報酬は変わらないが,擬似的ではなく本当にその企業にとって重要な業務をこなすという充実感を得ることもできるかもしれない。


さらには,我々のようなベンチャーにも,そこそこ優秀な人材が興味を示し,働きに応じた報酬を受け取りながら,いずれは会社の成長に見合って高いポジションについたり,報酬も上がったりする未来への一歩を,さほどのリスクを感じないで決心できるようになるかもしれない。


池田信夫氏が主張するように解雇規制を撤廃することによって,こういったことが実現できるのであれば規制は撤廃された方がよいだろう。


しかし,日本経済の実態を見ると,大企業が中小企業から搾取して,ホワイトカラーの擬似的ワークシェアリングを維持できなくなっていることは確かである。商品やサービスの生産そのものが縮小しているため,搾取対象である中小企業そのものが価値を生み出せなくなっている。


大企業のもう一つの搾取対象である派遣に代表される非正規雇用者にしても同様である。


解雇規制もあり,派遣が労働力の調整機能も持てないとなると,メーカーなどの大企業はホワイトカラーの雇用維持のために生産拠点の海外移転などの措置を取らざるを得ない。派遣切りとかいう次元ではなく,雇用そのものが日本国内から無くなっていくということだろう。


大企業が本当の企業体力に見合った数のホワイトカラーだけを雇用し,ワークシェアリングを止めれば,一時的な延命措置はできる。しかし,本当に必要なのは,放出せざるを得ない優秀なホワイトカラーたちが新たな経済活動で雇用を創出することだ。そうでなければ,大企業は搾取対象を変えるだけで,日本経済そのものは弱体化する一方だろう。