読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

マネジメント実験室

小さな企業の経営・マネジメントを通して日々考えたこと、学んだこと、感じたことを。

ミニスカートを着て街に出よう

■性犯罪に対する一般男性の認識

“性犯罪に対する女性側の自衛策(派手な服装を慎んだり、夜間外出を控えるなど)は現実への対応策として当然必要”とする主張が、“犯罪者側の論理に沿っている”とか、“性犯罪被害者側にも落ち度があるという考え方に与する”ということを、いろいろな方の意見を読んで理解できました。


もちろん我が子の帰りが遅い場合は駅まで迎えに行きますし、気を付けるように繰り返し注意したりしますが、それはあくまで個人的な家庭内の話であって、世論に影響力を持った人間が公にそれを主張するということとは全く違うことだという認識をしています。


地元自治会が、『夜道での女性の一人歩きは気を付けましょう!』という立て看板を出すことと、警視庁が新聞広告で、『女性も夜道の一人歩きを自粛することで性犯罪防止にご協力を!』と謳うことは全く違うことだと思うのです。


多くの男性の性犯罪に関する認識は、“性犯罪”と聞くと、暗がりの路上で見知らぬ男性にいきなり襲われるようなかなり暴力的なものや、電車の中での痴漢行為のように身近に見聞きするような犯罪しか連想できないのが一般的だと思います。


実際には身近な人間(親兄弟、親類、恋人、友人など)による性犯罪が多いとか、女性の外見による直情的な犯罪よりは、おとなしそうな女性が狙われる計画的な犯行が多いといったことは意外に知らないのです。


加害者側に回る可能性が圧倒的に高い男性ですが、よほど関心が高くない限りその程度の認識が一般的なのだと思います。


だから、ミニスカートを自粛したり、夜間の外出を控えるといった女性側の制約には一定の犯罪抑止効果が期待できるという意見につながりやすいのではないかと思うのです。


何人もの人間を連続して殺すような凶悪犯罪に対しては、犯罪に縁の無い人間が犯罪者の心理をイメージすることは難しいですし、理解できない・理解しない・あるいは無関心なことがすぐさま犯罪を助長すると考えたりもしません。


ところが性犯罪(男性による)に関しては、性欲とか性衝動といったものが、なまじ男性にとって非常に身近なものであり、日常的にコントロールを必要とするものなので、何となく性犯罪者の心理を理解できるような気になったり、性犯罪者の心理を理解できないと表現することに心理的抵抗(同じような性欲・性衝動があるのにそれは詭弁じゃないかと思ってしまう)があったりするために、本当はよく理解していないまま言及しやすいのではないかと思うのです。


性犯罪に関して言及することは、言及する自身も二次被害を与える可能性があるという認識を持つべきなのでしょう。


■相手の痛みを理解するという教育

より多くの男性が性犯罪の実態を理解するべきだと思いますし、そのための教育を思春期になったら学校でも実施するべきだろうと思います。(教育というのは、個人の生育環境とか家庭における教育理念によっては全く意味がない場合もありますので、性犯罪に対しては厳罰化もやむを得ないとも思います。)


あまりにも月並みすぎて、何かもっと効果的なものがないのかと自分でも思ってしまいますが、欲求や欲望、衝動に打ち勝てるものは相手の立場に立てるイメージ力ではないかと思います。
『相手の痛みを理解しなさい』
これは子供の頃から先生によく言われることですが、子供にとっては難しいことです。ただ性犯罪の加害者になれるくらいの年齢になれば、このくらいのイメージ力は持てるようになってほしい。


性的な欲望とか衝動のなすままに女性とコミュニケーションをとることが、女性を簡単に傷付けてしまう可能性があることを多くの青年は本能的には理解していません。


大人の男性でも、親密な関係とか、すでに恋人同士とか、夫婦であるとか、そういう関係が性的な欲望や衝動を相手の女性にぶつけることが許されている関係だと誤って認識している者も多いのです。


そういう基本的なことを学校でも教えることは重要ではないかと思うのです。(というかもうやってそうな気もするが)


ただし、これは犯罪は悪いことだとわかっていても犯罪を犯す人間には全く無意味です。繰り返しになりますが、教育には限界があると思いますので。


■ミニスカートで夜道を一人歩きできるようにすればいい

作家の村上龍が『欲望は対象があってはじめて喚起される』という意味のことを語っているのを(作品中かインタビューか忘れましたが)読み、確かにそうだと納得したことがあります。


男性の女性に対する性的関心(欲求、衝動など)は、女性が存在して(リアルかイメージかは別として)はじめて喚起されるものですし、その外観(露出度など)によって喚起の度合いが異なるということは言えるでしょう。


だからと言って、それが直接犯罪につながるのだという考え方は、前述の事実関係からも短絡的過ぎると思います。


ミニスカートに限らず、身体の露出度が高かったり、ボディラインの目立つファッションは男性にある種の(性的)刺激を与えることで関心を集めることができます。


意図しているのが特定の男性であったとしても、不特定多数の男性の目に留まることも確かです。


しかし、ファッションは自己主張のツールであり、その自由を謳歌できることが自由主義国家、法治国家として理想としたいところです。


よしんば、そのファッションと犯罪発生に何らかの関連が証明されたとしても、自由を抑制することなく犯罪を抑止する方向を本来探るべきなのでしょう。


性犯罪被害にあうということ - マネジメント実験室