■状況一変、苦しい新卒教育
2009年度入社の新卒は、就活前半が売り手市場、後半が買い手市場という、激しい状況変化の中就職を決めた人たちである。
この状況下で、特に中小企業の採用活動で何が起こったかというと、前半戦で内定を出す際に、他社からも内定をもらった学生が逃げることを想定して、多めの内定を出した。
ところが後半戦になる前に、世界的に景気が後退し、弱気になった学生がことごとく、早めに内定を出してくれた企業に、いち早く就職を決めてしまったのだ。
これらの学生は、景気が上昇傾向にあれば、もしかしたら大企業に逃げていたかもしれない層をたくさん含んでいる。
もちろんトップクラスの学生は、端から中小などに興味を示すことはあまりない。それでも普段なら採用できないような、中の上あたりの学生を採用することができたのだ。
しかし、いいことばかりではない。内定辞退者がほとんど出ないということは、予定採用枠を超えてしまっているはずなのだ。やむなく内定取り消しを決断した企業も多いであろうが、それでも当初採用枠まで絞る勇気のあった中小企業はどのくらいあるのだろう。
■育てることの重み
採用してしまった責任は重くのしかかる。
いくら優秀とはいえ、戦力化するまではそれ相応の教育が必要である。
大企業の経験しかない人には感覚的にわかりにくいが、中小企業での新卒教育というのは、本当に全社的な一大事業で、組織体力的にも相当こたえる。
新卒が来てくれてうれしいのだが、育てることの重みがズンズンとのしかかってくる。
ただでさえ、景気後退で社員の士気が下がっている上に、新卒を教育している中途社員よりも新卒の方がポテンシャル的には高かったりするのだから、ほんとうに教育になっているのかどうか。
■慌てて即戦力にしたい誘惑
ここにきて、中小企業の経営者には悪魔のささやきが聞こえるのではないだろうか。
『新卒はじっくり育てるつもりだったが、いかんせん戦略が足らない。教育半ばだが、即戦力として独り立ちしてもらおう。』
これをやってしまったらどうなるか容易に想像がつく。
戦力的には猫の手よりも役立つかもしれないが、基礎力が全く身に付いていない新卒は、業務だけの経験を積んでも、それを自らの基礎力にすることが難しい。
業務は常に教育的な側面を持っていなければ、彼らが経験に伴って成長することはない。業務だけをやらせるならば、アルバイトの学生を雇っているのと何ら変わりがない。
悪魔のささやきに従ってしまうと、新卒は確実に潰れてしまう。
■誘惑に勝てるのか
しかし実際問題、経営者はこの誘惑に勝てるのだろうか。
答えはノーだろう。
多くの中小企業では、新卒教育も不十分なまま、即戦力などと言われて前線に配置される新卒がたくさんいることだろう。
彼らは、それで何年我慢ができるのだろうか。基礎体力のないまま実戦配置された新卒は、その後の成長には限界がある。
そうやってまた2、3年で嫌気がさした元新卒たちは、大した力も付けないまま、また中小企業を渡り歩くことになる。
これって、どこかで経験した構図ではないか?
そうだ、失われた10年。ロストジェネレーションの若者と同じ構図ではないか。
またもや大人は、同じ過ちを若者に犯そうとしているのかもしれない。