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マネジメント実験室

小さな企業の経営・マネジメントを通して日々考えたこと、学んだこと、感じたことを。

組織を変革するⅠ

いまの事業部のマネジメントに関わるようになって,2度に渡り組織改革を指揮できる経験に恵まれた。
1度目は,組織としての基礎を整え,サービスのオペレーションを見直したりといったベース部分を創ったとき,そして2度目は,うまく回るはずだったそれら仕組みが疲弊し,もう一度創り直しを行ったときである。


◆『これは組織なんかじゃない・・・』
最初にこの事業部に関わったのは,発足してから2年余りの誕生間もない時期であった。期間限定で軌道に乗せるまでがミッションであった。一見オペレーションは何の問題もなく回っているように見えたので,すでにできあがった土台をベースに,あとは発展させるだけだと考えていた。2ヶ月も経たないうちに,それが甘い考えであることがわかった。
当時もいまも組織のメンバー(=社員)は資格を持ったプロだけで構成されているのだが,当時はそれぞれが個人店主のような状態で,方向性もそれぞれの信念にしたがっており,全体として明確な方針が何もなかった。管理者と言えば,一応肩書きを持ったリーダー格の人物がいたが,明確なミッションを与えられているわけではなく,チームのメンバーも管理者として意識していたわけではなかった。普通の企業のピラミッド組織,職制による指揮命令系統に慣れていた私は,この余りにフラットな捉えどころのない組織がとても奇異に感じられた。
正直な感想は,『これは組織なんかじゃない。』というものだった。とにかく実態を把握して,組織として機能するように改革しなければならなかった。
まず,チームメンバー(=社員)ひとりひとりとの面談を私とリーダーで行い,課題を抽出することから始めた。
その結果,社員は全体の方向性がよくわかっておらず,不安感を持ったまま,それぞれが顧客へのサービス提供を行っていた。そこで,会議やミーティングの回数を増やし,それぞれが抱えている課題を全員で共有できる機会を持った。
次にサービス提供の仕組みにルールを作り,連絡方法やスケジュールの決定の仕方に決まりを導入していった。そんなものすらなかったのだ。
簡単にはうまく回らなかったが,それでもルールに従って動くという基本的なことはある程度浸透した。その間も,顧客とのトラブルは絶えなかったが,それはそれで処理をしていった。


◆『実は全く儲かっていなかったんだ・・・』
組織のことが多少は見えるようになったので,次は営業的な収支をきちんと数字で把握することにした。これも驚くような話であるが,当時は社員の給与もどんぶり勘定で決定されており,利益と経費の収支が全く見えない状態であったのだ。
そこで本当にびっくりしたのだが,資格者という理由だけで社員の給与があまりに高額である反面,サービスの価格が安すぎるために,ほとんど儲かっていない状態であることが判明した。それどころか,顧客によってはサービスを提供すればするほど赤字になるような状況であった。社員の給与を下げるか,料金を上げるか,あるいはサービスそのものを止めるか。当時は会社全体がまだまだ赤字の状態だったので,株主からすれば全ての部門が投資フェーズ,成長フェーズであったため,私の部門だけドラスティックな変化を決断する必要はなかった。結果的にそれが後々組織が動かなくなる原因になることはこの時点ではわかりようもなかった。
とにかくこの時点ではサービス料金を上げるという選択をした。顧客ごとに違っていた料金を一律の体系に基づいて一件,一件交渉した。
交渉が難航する顧客もいたのだが,それよりも困ったのが社員からの反発であった。“せっかく顧客との間に築いた信頼関係”を私の料金交渉によって台無しにされた,というのである。私とすれば,組織の危機を救っているのだから,感謝されこそすれ,何ゆえ反発されるのかわけがわからなかった。彼らは職人気質のところがあり,経営に関しては全く関心が無かった。料金などはこれまで全く関与せず,とにかく保証された給与体系の中で,自分の納得のいくサービスを提供すればよかったのだ。
私はことあるごとに,『事業あってのサービスなのだ。』ということを訴え続けた。それでも結局は一部の社員にしか伝わることは無かったのだが・・・。
とにかく,料金改定のおかげで粗利益は改善されてきた。もともと顧客はほとんどが富裕層のプレミアサービスなのだから,利益率が高くなければおかしいのだ。


◆『はじめにバスに乗る人を決める』
利益率は改善されてきたものの,社員のバカ高い給与体系にはまだメスを入れられず,またサービス提供のオペレーションもなかなか効率化を図ることができなかった。職人気質の社員が,料金度外視で自分の納得のいくまでサービスを提供するという体質が変わらなかったからだ。また,それぞれがサービスのあり方に対して自分なりの解釈を加え,顧客ごとに異なる質のものが提供されていた。
そろそろ決断すべきときが来たと判断した。『はじめにバスに乗る人を決める』ことはできなかったが,『途中でバスを降りてもらう』ことは可能である。一時的に売上げが下がることも覚悟した。チームのメンバーを集め,組織の方針を伝えた。そして『一緒にやっていけるかどうか』を一人ずつ確認した。あいまいな返事はやめてもらった。組織の方針に合わせられるか無理か。価値観を共有できないメンバーとは一緒に走れない以上,正直なところを聞かせてもらった。

ビジョナリー・カンパニー 2 - 飛躍の法則

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ミーティングの後も,「やっぱり一緒にはやっていけない。」というものが何人か出た。
お互いの気持ちに迷いが出ないうちに処理しようと思い,直ちに人事的な手続きに入った。この後,「やっぱり退職はナシにして欲しい。」というものもいたが,全く取り合わなかった。新たに出発しなければならないのに,気持ちの揺れている人間をバスに乗せておくわけにはいかないからだ。彼らの考え方が間違っているわけではない。私たちが生き残っていくための方針とは合わないというだけだ。


チームメンバーが減った分は,派遣,パートなど必死にかき集めたので,それほどの損失はなかった。もちろん残った社員の負担は相当増えたため,顧客とのトラブルも後を絶たなかった。みんなが苦しい時期であったと思う。しかし,この儀式を経たおかげで,自分たちの進むべき道がはっきりした。チームオペレーションは格段にやりやすくなった。
しかし,この半年後,組織の迷走の予兆が訪れようとは予想もできなかった。