マネジメント実験室

小さな企業の経営・マネジメントを通して日々考えたこと、学んだこと、感じたことを。

東電とオール電化と原子力発電所

ライフラインを支える企業として

電力会社やガス会社は民間企業でありながら、国民、市民の生活を支えるライフラインを扱っているため『公益企業』とか『公益事業者』などと言われます。


一部外部企業の参入もあるものの、基本的には地域独占企業であり、そのため供給に関わる設備投資は2重、3重のバックアップがあたり前になっています。基本的に電気でもガスでも供給が止まることは許されません。
(今回の地震などの災害で、特定エリアの供給が止まることはあっても、全ての機能が止まることは許されません。)


もちろん株式会社でもあり、普通の民間企業ですから、当然利潤追求が優先されるのですが、事業運営に関しては、電気事業法やガス事業法によって様々な成約事項があり、供給義務や安全の優先順位が下がるようなコストダウンができないようになっています。


普通であれば外注化したり関連会社を使えば安上がりな業務や作業でも、本体の社員でなければ行なってはならないと規定されているためにコストダウンが難しいこともたくさんあります。法律で縛ることによって、利潤追求最優先にならないようになっているわけです。


しかし一方では、原燃料(原油やLNG)が値上がりしたような場合に、『適性利潤』を確保するという名目で料金の値上げをすることもできます。
一般企業であれば、コスト競争力を気にしながら、ギリギリまで値上げをしませんが、公益企業は「ライフラインを支える」という名目があるため、一般企業よりは値上げに対してハードルが低いと言えます。
もちろん、法的にも認められているからと言って、簡単に値上げの経営判断をすることはありませんが、
「あら、また電気とガスが値上げなの!原油価格が高騰しているからねえ。」
という一般市民の理解もあり、企業内部においても「値上げはしかたない。」という言い訳がしやすい事業と言うこともできます。


こういった特徴から、民間企業でありながら民間企業っぽくない、どこか半官半民的、お役所的な雰囲気があることは、こういった公益企業と付き合いのある一般企業の方々ならご存知のはずです。


■発電所のベストミックス運用

自動車メーカーであれば車を生産し、電機メーカーなら電気製品を生産するように電力会社は電気を生産します。電気を生産するところが発電所です。


電力会社の機能としては、発電、送電、変電、売電、検針(電力メーター読み)、メンテナンスなどに分かれています。
発電設備や送電設備、変電設備などの巨額の設備投資があって初めて成り立つ事業です。


もっとも大事な発電ですが、今問題になっている福島第一・第二などの原子力発電所をはじめ、火力発電所や水力発電所など燃料や発電形態が異なる複数の発電所を抱えています。


この内、原子力発電は稼働ロードを小まめに変動させたり、運転・停止が容易ではないため、ベースロードを担う発電形態です。火力発電はロード変動や運転・停止が原子力発電に比べて容易なため、時間帯による需要変動に対応した発電量調整は火力発電で行ないます。水力発電は設備規模が大きい割りに発電量としては少ないため、全発電能力の15%以下となっています。保有能力としては、火力が約50%、原子力が約30%となっています。
東京電力が保有する発電所やそれぞれの発電能力はこちらを参照してください。
東京電力 - Wikipedia


『電気は貯めておくことができないから、需要変動に合わせて発電量を調整するしかない』という説明は、今回の計画停電のニュースにからんでよく聞かれます。
都市部の需要変動にも耐えられるような蓄電技術は、未だ実用化されていませんので、発電設備は需要のピークに対応できる能力になるよう常に建設されるのです。東京電力が保有する発電所の能力総量が大きいのは、電力を供給している管内(特に東京都)の需要ピークがそれだけ大きいという事です。もちろんピークが高ければ、必要電力総量も大きいという事にはなります。


火力発電はロード変動や運転・停止が原子力発電に比較して容易と書きましたが、あくまでも原子力発電に比べての話であって、発電効率のよい(燃料当たりの発電量が大きい)、経済的な運転を行うためには一定以上のロードが必要ですし、運転・停止を頻繁に行うことはタービンはじめ、設備への負荷が大きいため、設備寿命を縮めることにもなります。したがって通常は、原子力発電所を高いロードでコンスタントに運転しながら、電力需要を見ながら火力発電所のロードを変動させるというベストミックス運用を行っています。ただし、すでに減価償却を終えたような火力発電所では、深夜帯や週末に発電ユニットごと超低ロード運転や停止を行う運用も実施されています。
火力発電の特徴|東京電力


また管内の火力発電所の中でも、発電効率がよく、環境への負荷も小さい(発電量当たりの二酸化炭素発生量の少ない)LNG火力発電所を優先的に運用しています。(参考::日本経済新聞
逆に環境負荷の大きい石油火力発電所やLNG火力発電所の中でも設備が古く発電効率の悪い(燃料当たりの発電量が小さい)発電所は『長期計画停止』と言って戦力から外してしまうこともあります。


■なぜ発電能力がショートしているのか

震災によって福島原子力発電所が津波でやられただけではなく、東扇島火力発電所(川崎市)や鹿島火力発電所(茨城県神栖市)も停止してしまいました。
それに加え、もともと定期修理のために計画停止している発電設備があったために、必要発電量が賄えない状況が続いています。
朝日新聞デジタル:どんなコンテンツをお探しですか?asahi.com(朝日新聞社):東電の計画停電、今夏・冬も 大規模火力発電所、被害大 - 東日本大震災


発電プラントは燃焼排ガスや水蒸気といった高温・高圧の流体を扱っており、設備の劣化によるトラブルや事故を未然に防ぐため、定期的に検査を行っています。検査は電気事業法高圧ガス保安法によって検査項目や検査の間隔が決められているため、同じ発電所内でも全ての発電設備がフル稼働になっているわけではありません。
そこで、冷房需要による電力ピークが訪れる夏に発電能力を確保するため、これらの定期検査が重ならないよう、計画的な運用を行っています。


今回のような突発的な理由で、稼働している発電所が急に使えなくなった場合に、定期検査中の設備をすぐに戦力化できるわけではありません。普段は密閉している部分をを開放したり、部品自体を取り外してしまったりしているからです。
この定期検査を急ピッチで行って、発電設備を1日でも早く戦力化するようですが、それまではどうしてもピーク需要に能力が追い付かないため、『計画停電』という東電始まって以来の施策によって、電力ピーク自体を下げてしまうという非常時運用を行っています。


■オール電化は電力不足を促進しているのか
一部報道では、『オール電化』の普及促進が今回の発電能力不足を促進させたという論旨の記事が見られます。
お知らせ : YOMIURI ONLINE(読売新聞)
確かに電力会社としては、産業用に比べ料金単価の高い一般家庭用電力の販売量を増やしたいという思惑はありますが、もうひとつ上述した発電設備の運転特性から来る理由もあります。


つまり、電力ピークに合わせて発電設備を増強するに従い、効率運用を行える最低発電量も上昇するというジレンマです。
理屈では、電力需要量が小さい深夜は、原子力発電を引き続きマックスで運転させて、火力発電を順次停止するといった運用形態にすればよいのですが、上述したように、発電設備の頻繁な運転・停止は設備寿命を縮めるため、深夜でも火力発電所の各設備を最低ロードであっても運転継続したいのです。
そのため、電力需要が極端に下がる深夜帯の電力需要を増やしていかなければ、火力発電所の発電設備の最低ロードを確保できないわけです。


『オール電化』は従来電気を使用していた照明や冷暖房に加え、従来はガスの領域であった調理用熱源、キッチンやお風呂の給湯熱源も電気で行うというものです。電気はガス給湯器に比べて大量のお湯を短時間で作ることが苦手です。しかし、ヒートポンプというエアコン等に使われてきた“枯れた技術”を活用することで、この弱点を克服しました。(といっても炎を熱源に使っているガス給湯器の方が、やはり短時間で大量のお湯を作るという点では上手なのですが。)
(参考:ヒートポンプ - Wikipedia


深夜電力を使わせたい東電をはじめとする電力会社は、このヒートポンプ技術を活用し、深夜電力でお湯を作り置きしておくというシステムを各種メーカーに開発させました。これがエコキュートです。
エコキュートは深夜電力でヒートポンプを運転して作ったお湯を貯湯タンクに溜めておき、昼間の給湯に使います。これならば、昼間の電力需要をあまり増やさずに、余り傾向にあった深夜電力を使わせることができます。


ですから、オール電化の普及によって今回の発電能力不足を促進しているというのは、ウソではありませんが、ピーク電力の上昇という点では、そもそも都市生活そのものが電力をたくさん使用するスタイルに変化してきた影響の方が大きいとは思います。
それよりも、オール電化を普及促進するためのイメージ戦略である“電気はクリーン”、“電気はエコ”、“電気はスマート”などのメッセージが、『社会全体のエネルギーシステムの効率』という視点を一般消費者から遠ざけてしまったことの方が重大だと私は考えます。


原子力発電にしろ火力発電にしろ、熱エネルギーを電気エネルギーに変換する際には、どうしても変換ロスが生じます。発電効率は最新鋭の発電設備でも60%程度で、普通は50%前後です。つまり原子力エネルギーでも原油・LNGなどを燃焼させたエネルギーでも、電気に変換したら50%程度は利用できない熱として捨てているわけです。そうやって各家庭に届けられる電気ですが、エコキュートがどんなにエネルギー効率の高いシステムであったとしても、そもそも作る過程での発電ロスが大きい。ガス給湯器であればエネルギー効率80%〜95%でお湯を作れるわけですから、使用目的によっては“電気はエコ”ではなくなるのです。


しかし、電気を使っている限りにおいては、自分のところでは燃焼排ガスも二酸化炭素も発生しませんから、「なんとなくエコ」ではあります。
ただ、エコというのは地球温暖化にとってよいということだけではなくて、資源自体を有効活用したり、環境を汚染しない(放射能汚染など)ということも含めて考えなければならないので、オール電化をエコだからという理由で選んだ消費者は、電力会社のイメージ戦略にまんまと乗せられたと言っていいかもしれません。


■東電が原発の事故処理にもたついてる本当の理由

“想定外”の津波被害によって危機的状況にある福島原子力発電所ですが、その事故処理や途中経過報告など、どうも『もたついている』感がつきまとうのは何故でしょう。


一言で言うと、それは『東電が現場志向の企業ではない』からだと思います。現場というのはもちろん発電所も含まれます。


決して現場を軽視しているわけではないのですが、東電の組織というのは非常に中央集権的であるため、各発電所はその上位組織の意向通りに動く一下部組織のようになっているのです。


現場は安全管理といった“守り”の要素が大変重要ですが、コストダウンなど、現場が自律的に動く“攻め”の要素があって初めてバランスの良い組織になると考えます。自ら考えて行動できる組織にならなければ、“守り”の部分も危うくなるからです。


例えば、トヨタに代表される『カイゼン』活動のように、生産現場では実に細かな工夫を積み重ねていきます。このため、生産現場には、組立て工、オペレーター、メンテナンサーなどの現場たたき上げの社員と、技術屋=エンジニアが配置されており、これらが協力し合うことで新しい運用を生み出し、コストダウンを図っていきます。


ところが東京電力の各発電所には守りの要員はいても攻めの要員があまりいないように感じます。何か新しい運用を実施しようとしても、各発電所群を統括している火力事業所や本社にいちいちお伺いを立てなければならないのです。東電では現場よりも各火力事業所や本社の企画部門に優秀なスタッフを配置し、現場は企画された運用を実施することが主なミッションになっているようです。
さらにメンテナンスを含めた設備運用に関しても、社員が関わるのは管理・監督が主で、作業のほとんどは協力会社に丸投げすることも多い。自分たちが運用する設備でありながら、細かな部分は実は技術系社員もよくわかっていないということがあります。


こういう組織構造にどんな弊害があるかというと、現場が自分たちで考え、判断し、行動する範囲を限定されているために、緊急時や非常時の際に自律した行動を取れなくなります。さらに火力事業所や本社の企画部門や原料部門でエリートコースを歩んでいるような社員が、実際の現場に精通していないために、現場から上がってくる情報を精査したり、判断することが難しくなります。このため現場の声が中央に届き難い組織になってしまいます。


今回の記者会見を見ていても、「〜と思われます」とか「〜のようです」といった、いかにも伝聞情報を伝えているような印象を受けるのは、現場に精通していないために、自分の経験を通して情報を咀嚼できないからではないかと私は見ています。もちろん、テレビに出るのは幹部社員ですから、細かなことはわからないという事情はあるにせよ、あまりにも伝聞調なのは、現場のことを知らないのではないかと疑いたくなってしまいます。


福島原発では、現場の社員も必死の対応を行っていますが、メーカーの社員や協力会社の社員がいなければ、そもそも対応不可能な現場になっているのではないかと不安です。定常運転でのロード変動や運転停止、緊急時対応などはマニュアルがありますが、想定外の事象が生じたときには、プラントの細部と全体プロセスを理解していなければ対応は難しいはずです。
毎日jp(毎日新聞)
上記ニュースにもあるように、東電の発電現場を支えているのは、協力会社、つまり“下請け”なのです。本来ならプラント=原発を運営している東電が全体を最も把握していなければならないはずですが、恐らく“丸投げ”の弊害により、細かな設備・プロセスについては下請け社員の方が詳しいものと思われます。


■計画停電の運用に見る東電らしさ
『計画停電』とはすごいネーミングだな、と思います。


電力会社の人間にとって、“停電”というのはそもそも起こってほしくないもの、聞きたくないワードであろうと思います。冒頭に書いたように、ライフラインを支える企業にとって安定供給ができないというのは、企業の存在意義に関わることなのです。
したがって、今回の停電に関しては、「突然起こるんじゃない」、「トラブルじゃない」、「不測の事態じゃない」といった意味を込めて、わざわざ『計画停電』などという言い訳がましい名前を付けたのでしょう。


とは言え、停電は停電、緊急事態に見栄を張っている場合ではないと思うのですが、こういう事態でも体裁を繕うのは東電らしいと言えば東電らしいでしょう。


計画停電の発表が実施前夜の非常に遅い時間であったことが非難されていますが、これも関係省庁にお伺いを立てたり、調整が大変だったことを考えると一概に責めることができないかもしれません。ただ管轄は経済産業省ですから、製造業への影響は考えたかもしれませんが、鉄道など運輸系への影響をどの程度読んでいたかは定かではありません。そのくらい切羽詰っていたとも言えるでしょう。


石油ショックの頃に節電要請、強制的な営業停止などが実施されたようですが、これだけ各方面に影響を与える停電は東電始まって以来の施策なので、社内的にも大混乱だったことでしょう。あれだけ原子力発電所でのトラブルを経験しておきながら、危機管理、特に非常時の情報の扱いがお粗末でした。


そもそも「停電」なんて言葉を使う必要などなかったのです。必要なのは電力ピーク時間帯に、足らなくなりそうな電力分を“ピークシェービング”することなのです。原発停止に伴って落ちたベースロード分を一時的な電力使用抑制によって凌げばいいだけの話なのです。「停電」はあくまでも“ピークシェービング”するための手っ取り早い方法に過ぎません。
にも関わらず、大規模停電が起こったら責任取れないからと、パニクった東電が、説明と運用が簡単な部分停電を選んだのではないでしょうか。


後々の運用に関しても東電らしさがよく出ていると思います。


変電所単位でしか停電を実施できないため、細かなコントロールが不可能という前提はありますが、とにかく影響が少なそうなところを狙い撃ちするという作戦に出たわけです。都内23区は影響が大きく、関係各所への調整ができないと判断したのでしょう。一部を除いては行なっていません。宅地でもマンションではなく、一軒家が多い地域を狙っています。また実際に停電させてみて問題が少なかった地域は繰り返し、1日2回でも停電させています。


簡単に言えば、「普通の市民、特に田舎なら文句出ないだろう。」という判断でしょう。東電らしいといえば東電らしいです。


各業界の自主的な節電と暖房需要の低下により、計画停電の必要性が一時的に下がり、総合的なピークシェービング対策を立案する時間的な余裕が出てきているはずなのですが、相変わらず「停電」一本やりというのは、関係各所への調整が面倒なだけでしょう。


あまり意地悪に考えてもかわいそうなのですが、普段の企業体質が危機的状況になると正直に出てしまうということだと思います。
東電は市民のライフラインを支える企業ではあるのですが、基本的に上(=お役所)を向いている企業なのです。


■東電は国有化されるのか

東電が国有化されるのではないか、という憶測が出回っていますが、国有化するメリットがあるのでしょうか。上述しましたが、東電は民間企業でありながら、限りなく“官”に近い存在です。潰れないのではなく、潰せない企業ですから、国有化することなく経済的支援で国が支えるでしょう。
わざわざ国有化せずとも、国有化と同等のことは可能です。
[FT]それでも東電は生き残る 破綻・国有化の可能性低い :日本経済新聞


東電は福島原発分の発電施設はおろか、今後新規に原子力発電所を建設することは、世論が許さないでしょう。火力発電所にならざるを得ませんね。福島原発の廃炉、避難地域への補償、発電所新設など、莫大な資金が必要となりますが、今後継続的に発電用燃料費も上がります。


東電にも国にも望むことは、電気料金への安易な転嫁はしないでほしいということ。東電の給与水準は極めて高い部類です。また企業年金だってそれなりの蓄えがあります。そこまで全て切り崩してもお金が出てこなくなったら初めて電気料金を値上げしてください。


東電はその企業体質ゆえに、社会的信用を一時的に失ってしまいましたが、日本人は忘れやすい体質なので、反原発になったとしても、いずれは東電のトラブルについては記憶のかなたに消えていくでしょう。


東電が懲りない企業でないことを願います。